成人患者への持続脳波モニタリング 第6章 脳症

第6章 脳症

Anita Schneider, R. EEG/EP T., CNIM

概要

脳症(encephalopathy)とは本来、脳の障害または疾患を意味する用語である。現代の用法では、単独の疾患を指すのではなく、広範な脳機能障害の症候群を指す語として使われている。この症候群を構成する疾患は、多岐にわたる(Wikipedia encyclopedia)。

用語:脳症という言葉は、使われる文脈によって、永続的な(または変性性の)脳損傷をいうこともあれば、可逆的な脳損傷をいうこともある。脳の直接的損傷が原因になることもあれば、脳から遠く離れた部位の疾患が原因となることもある。医学用語としては、原因、予後、影響が多岐にわたる多種多様な脳障害に言及する語である。たとえば、プリオン病はすべて伝達性海綿状脳症を引き起こし、例外なく致死性であるが、その他の脳症は可逆的であり、栄養失調、毒素その他の原因によって引き起こされる。

病型:脳症には多くの病型がある。

心停止や外傷性脳損傷を病因とする無酸素性脳症や虚血性脳症が最も一般的である。心停止と外傷性脳損傷については第8章および11章で詳述する。

心停止と外傷性脳損傷以外には以下の疾患が脳症の原因となる。

  • ミトコンドリア脳症 — ミトコンドリアDNAの機能障害により起こる代謝異常は身体の多くの器官系、とくに脳と神経系に影響を及ぼす。
  • グリシン脳症 — 小児代謝異常
  • 肝性脳症 — 進行性肝硬変に起因する脳症。
  • 低酸素性虚血性脳症 — 脳への酸素供給の重度低下に起因する永続的または一過性の脳症。
  • 非進行性脳症 — 不変または永続的な脳損傷。
  • 尿毒症性脳症 — 通常、腎臓によって取り除かれる毒素が高濃度に存在することにより起こる脳症。透析が容易に利用できる状況で起こることはまれである。
  • ウェルニッケ脳症 — チアミン欠乏に起因する脳症。通常、アルコール依存症で起こる。
  • 橋本脳症 — 自己免疫疾患に起因する脳症。
  • 高血圧性脳症 — 急性の血圧上昇により起こる脳症。
  • ライム脳症 — ボレリア‐ブルグドルフェリ菌が引き起こす脳症。
  • 中毒性脳症 — 化学物質に起因する脳症の一種。しばしば永続的な脳損傷を引き起こす。
  • 中毒性代謝性脳症 — 感染、臓器不全または中毒に起因する脳機能障害を包括的に指す用語。
  • 伝達性海綿状脳症 — プリオンに起因するすべての疾患の総称。「海綿状」(スポンジのように穴だらけ)の脳組織、運動障害または協調運動障害を特徴とする。致死率は40/40。牛海綿状脳症(狂牛病)、スクレイピー、クールーなどを含む。
  • 新生児脳症 — 産科で扱う病型。しばしば出産または分娩中に脳組織への血流中の酸素が欠乏することにより起こる。
  • 脳筋症 — 脳症と筋疾患(ミオパチー)の組み合わせ。ミトコンドリア病(特にMELAS)や慢性低リン酸血症が原因としてあげられる。シスチン症で起こることもある(Mullerら、2008)。

原因:脳症は脳の機能および/または構造を変化させる。原因としては、病原体(細菌、ウイルス、プリオン)、代謝性またはミトコンドリア機能障害、脳腫瘍、頭蓋内圧上昇、毒素への暴露(溶剤、薬剤、アルコール、塗料、工業化学物質、ある種の金属等を含む)、放射線、外傷、栄養不足、脳への血流または酸素の不足があげられる。

症状:脳症の特徴は精神状態の変化である。一般的な神経学的症状は、脳症の病型と程度に応じて異なるが、認知機能の喪失、軽微な人格変化、集中力の欠如、嗜眠、意識低下がみられる。その他の神経学的徴候として、ミオクローヌス(筋または筋群の不随意的けいれん)、羽ばたき振戦(筋緊張の突然の消失、急速に回復する)、眼振(不随意の急速眼球運動)、振戦、発作、輾転反側(落ち着かず、あれこれ思い悩む、重度の感染に特有の症状)、チェーン・ストークス呼吸(1回換気量の漸増漸減が繰り返す)などの呼吸異常、持続性吸息呼吸、炭酸ガス血症後の無呼吸などがあげられる。

診断:血液検査、腰椎穿刺による髄液検査、画像検査、脳波検査などの診断検査を行って、脳症の多様な原因を鑑別する。診断は臨床的に行うことが多い。すなわち、こうすれば診断がつくというような検査の組み合わせはなく、熟練した臨床医が病状の全体像と非特異的検査の結果を検討することにより、診断を確定することができる。

治療:治療法は脳症の病型と程度によって異なる。発作を軽減または停止するため、抗てんかん薬を処方することがある。患者によっては食事の変更や栄養補助食品の使用が有効な場合がある。重篤な患者の場合、透析や臓器置換手術が必要になることがある。

予後:脳症の根本原因を治療することにより、症状が改善または回復することがある。しかし、患者によっては脳に永続的な構造変化や不可逆的損傷をきたしていることもある。一部の脳症は致死性であるが、他の脳症は低ナトリウム血症、尿毒症、肝不全、そして単純ヘルペス脳炎、播種性血管内凝固症候群、敗血症(BrennerおよびSchaul 1990)等の潜在的に可逆的な代謝障害である。

連続脳波検査の有用性

脳波検査は脳機能障害の検出感度が高い。脳波活動の変化の程度は通常、脳機能障害の程度に対応する。脳波は病因に特異的ではなく、急性期と慢性期を確実に区別することはできない。一般に急性期の方が劇的な変化を示す。原因が代謝障害であれ、薬剤であれ、無酸素症であれ、脳症は一般に背景脳波活動の全般性変化と関連する。(Van CottおよびBrenner 2010)。発作や周期性放電がみられることもまれではない(図6-1)。

6-1

図6-1.尿毒症性脳症患者の全般性周期性てんかん様放電(GPEDs)
[T7(10-10 法)はT3(10-20 法)、P7(10-10 法)はT5(10-20 法)、T8(10-10 法)はT4(10-20 法)、P8(10-10 法)はT6(10-20 法)にそれぞれ対応する]。

代謝性脳症:代謝性脳機能障害は、昏睡の主要な原因のひとつである(Plum およびPosner 1980)。すべての代謝性脳症は、広汎性徐波化(図6-2)や三相波を含む全般性周期性放電(GPEDs)を呈することがある。ほとんどの代謝性脳症、特に腎不全性脳症、低ナトリウム血症性脳症および橋本脳症では、てんかん発作やてんかん様放電を伴うことがある(Hirsch およびBrenner、2010)。神経遮断悪性症候群、セロトニン症候群およびある種の薬物毒性は、広汎性徐波化、GPEDs および発作を引き起こす。

6-2

図6-2.θ 波が優勢な広汎性δ 波。

肝性脳症:三相波は一般に肝性脳症と関連づけられ、尿毒症性脳症で、または無酸素症に引き続いて、出現する(Foley ら 1950)(図6-3、6-4)。脳症の三相波と周期性てんかん様放電の鑑別は時に困難である。非けいれん性てんかん発作が疑われる場合は、ジアゼパム等の抗けいれん薬を投与する場合がある。脳波が改善しても、臨床的改善(たとえば覚醒度が上がる、失語症が回復するなど)がなければ、NCSE と診断することはできない。

6-3

図6-3.周期性てんかん様放電に似た三相波。

6-4

図6-4.広汎性に徐波化した背景に三相波がみられる。ボックスはこの例でみられた三相波のいくつかを示す。
[T7(10-10 法)はT3(10-20 法)、P7(10-10 法)はT5(10-20 法)、T8(10-10 法)はT4(10-20 法)、P8(10-10 法)はT6(10-20 法)にそれぞれ対応する]。

腎性脳症: 腎性脳症は他の代謝性脳症に似た異常を示す。背景律動の徐波化が進行し、腎機能の悪化とともに徐波活動の群発が重なる。
三相波も腎性脳症患者の約20%でみられる。発作およびてんかん様異常は肝性脳症よりも尿毒症性脳症でよくみられる。

o 透析性脳症:透析が必要な腎不全患者では脳波の変化がよくみられる。透析不均衡症候群を呈する患者では、透析後に臨床状態および脳波が悪化する(Kennedy ら 1963)。脳波には背景徐波化および前頭部間欠律動性δ 波(FIRDA)を認めることがある(図6-5)。ある研究(Hughes およびSchreeder 1980)では、透析性脳症症候群患者の77%に両側性棘徐波複合が認められたが、透析性脳症を伴わない慢性腎性患者でこの複合波がみられたのは2%にすぎなかった。

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図6-5.前頭部間欠律動性δ 波(FIRDA)。最大振幅は前頭極電極―Fp1 およびFp2―で記録されていることに注目(ボックスはFp1 およびFp2 の記録チャンネルを示す)。

 

糖尿病性脳症:一般に、アシドーシスおよび電解質異常と関連づけられる。脳波には広範な持続性徐波化が頻繁に認められる。

中毒性脳症:全般性徐波化は脳波上、最も一般的に認められる薬物の影響であるが、特定の薬剤に特異的な変化ではない。全般性速波活動が重なる場合は、薬物毒性、特にバルビツレートまたはベンゾジアゼピン等のβ 活動を増大させる薬剤の毒性の可能性を考える必要がある(図6-6)。麻酔剤や違法薬物中毒は、α 昏睡、スピンドル昏睡、バーストサプレッション、脳電気的無活動等の一見不吉な脳波像を呈することがある(Van Cott およびBrenner 2010)。

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図6-6.β 活動が重なるδ 活動(丸)。提供:Suzette LaRoche, M.D.

 

敗血症関連脳症:致死的となりうる、感染対する全身性反応。米国では死亡原因の10位となっている(米国病院医療研究財団 2012)。

2009年、ニューヨークのコロンビア大学で、内科系ICU患者における非けいれん性てんかん発作(NCSs)および周期性てんかん様放電(PEDs)の予測因子および予後値(Oddoら 2009)に関する重要な研究が行われた。研究の対象となったのは内科系ICUに搬入された連続した患者201人である。患者は入院時、急性神経学的損傷の有無が不明で、連続脳波検査により潜在的発作または精神状態の変化について調べられた。この後ろ向き研究では、NCSsとPEDsが頻繁に出現していた。発作は主に非けいれん性であった。発作と周期性放電の両者が不良転帰と関連づけられた。

 

参考文献

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Foley JM, Watson CW, Adams RD. Significance of the Electroencephalographic Changes in Hepatic Coma. Trans Am Neurol Assoc 1950; 75:161—165.

Hirsch LJ, Brenner RP. Atlas of EEG in Critical Care. West Sussex: Wiley-Blackwell; 2010; p. 39—41.

Hughes JR, Schreeder MT. EEG in Dialysis Encephalopathy. Neurology 1980; 30:1148—1154.

Kennedy AC, Linton AL, Luke RG, Renfrew S. Electroencephalographic Changes during Haemodialysis. Lancet 1963; 1(7278):408—411.

Kofke WA, Bloom MJ, Van Cott A, Brenner RP. Electrographic Tachyphylaxis to Etomidate and Ketamine Used For Refractory Status Epilepticus Controlled with Isoflurane. J Neurosurg Anesthesiol 1997; 9:269—272.

Muller M, Baumeier A, Ringeklstein E, Husstedt I. Long-term Tracking of Neurological Complications of Encephalopathy and Myopathy in a Patient with Nephropathic Cystinosis: A Case Report and Review of the Literature. J Med Case Reports 2008; 2:235, PMID 18644104.

Oddo M, Carrera E, Claassen J, Mayer SA, Hirsch LJ. Continuous Electroencephalography in the Medical Intensive Care Unit. Crit Care Med 2009; 37:2051—2056.

Plum F, Posner J. The Diagnosis of Stupor and Coma: 3rd Edition. Philadelphia: F.A. Davis; 1980.

United Hospital Fund. STOP Sepsis Collaborative. 2012. On the Internet at:

http://www.uhfnyc.org/initiatives/quality_improvement/STOP_Sepsis

Van Cott A, Brenner R. Encephalopathy and prognosis in coma. In: Fisch B (Editor). Epilepsy and Intensive Care Monitoring: Principles and Practice. New York, NY: Demos Medical Publishing; 2010; p. 309—326.