成人患者への持続脳波モニタリング 第11章 心停止後の低体温療法

第11章  心停止後の低体温療法

Michelle E. Deckard, MSN, RN, CCRN-CMC, ACNS-BC;
Jennifer A. Thomas, BS;
Ryan R. Lau, R. EEG/EP T., CNIM, CLTM, MS

概要

心停止は無酸素性脳症と虚血性脳症を引き起こす共通の原因である。心停止後脳症の原因には大きく分けて2つある。

 

初期の神経損傷は、循環虚脱(心停止)により脳への酸素運搬が障害されることによって起こる。脳は嫌気的代謝に切り替えるが、これによってアデノシン三リン酸(ATP)依存性の細胞膜ポンプが破綻する。その結果、神経興奮物質であるカルシウムとグルタミン酸塩が過剰に排泄されて低酸素血症がさらに悪化し、ミトコンドリアと細胞のさらなる死を招く。このとき、血液脳関門も同時に障害されて脳への体液の流入を許し、脳浮腫を引き起こす(DeckardおよびEbright 2011)。

 

心停止後脳症の第2相は、患者が自発循環を回復した後に起こる。かん流が回復すると、再かん流損傷が始まり、数時間持続する。初期の心停止によって引き起こされた細胞死が炎症系と免疫系を刺激し、放出されたマクロファージや好中球が死細胞を排除する。死細胞を排除する過程で生成するフリーラジカルがさらに細胞を損傷し、炎症反応と免疫反応を引き続き活性化させる。その結果、脳浮腫が進行し、神経損傷が持続する(DeckardおよびEbright 2011)。

 

低体温療法は、心停止後に意識が回復しない患者に対して、神経回復の改善が実証されている唯一の介入法であり、米国心臓協会(American Heart Association)が推奨する方法でもある(Peberdyら 2010)。低体温療法はカルシウムおよびグルタミン酸塩の放出を安定させるため、神経興奮作用が弱く、細胞死も少ない。細胞死が少なければ、炎症反応や免疫反応も低く、したがって、再かん流傷害の悪循環を断ち切ることができる。また、低体温療法は血液脳関門を安定化させ、脳代謝を低下させる(DeckardおよびEbright 2011)。その結果、脳浮腫は軽減し、脳の酸素要求量は減少し、神経損傷は小さくなる。

 

連続脳波検査の有用性

低体温療法は脳波を変化させる要因のひとつであるが、それは通常、心停止後に低体温療法で用いられる温度より低い温度でのことである。とはいえ、32~34°Cの低体温療法中の脳波所見も信頼に値する(Kawaiら 2011、Abendら 2011)。心停止を起こして低体温療法を受けている患者に脳波検査を行うことの有用性を以下に述べる。

  1.  発作の検出。心停止後脳症患者における臨床的てんかん発作の発生率は10~40%と報告されており、神経学的転帰の悪化と関連づけられている(Abendら 2011)。低体温療法を行った心停止患者の約25%は、てんかん様パターンを呈する頻度が高い(Abendら 2011)。非けいれん性(または無症候性)てんかん発作の検出、てんかん発作の数量化、および鎮静レベルのモニタリング(HirschおよびKull 2004)に連続脳波検査は有益である。これは、低体温療法でシバリングを起こさないように患者の麻痺化や鎮静化が必要となることがあるからである。ある種の患者では未治療のてんかん発作が二次的損傷や神経学的転帰の悪化を招くことが示されている(Vespa 2005)。心停止後に低体温療法を行った患者に特化した研究が必要である。
  2. 患者評価と薬剤の用量滴定。低体温は刺激に対する身体の反応を低下させるため、救急患者の鎮静・麻痺レベルの標準的評価方法に影響を及ぼす可能性がある(Chamorroら 2010、HeierおよびCaldwell 2006)。脳波を使って覚醒レベル、筋肉の動き、シバリングを評価できれば、鎮静剤、麻痺剤、鎮痛剤の用量滴定に便利である。低体温は、一般に患者の復温後も影響が持続するこれらの薬剤の代謝を低下させる可能性がある。 このため正確な神経学的評価に時間がかかり、抜管が遅れる恐れがある。
  3. 予後に関する情報。臨床神経学的評価によって心停止患者の早期予後診断を行った研究は、その過半数が低体温療法を行う前に実施されている。したがって、低体温療法を行う患者にとってこのような臨床神経学的評価が予測的価値を持ちうるかどうかは不明である(Abendら 2011)。低体温療法を受ける患者は、最初の約48時間は低体温、鎮静、神経筋遮断の影響下に置かれる。これらの因子による影響の組合せおよび持続時間を調査し、確実な神経学的評価と予後判定を行う時宜の判断に資する必要がある。

 心停止後低体温療法を受ける患者では、予後判断への脳波の利用が有望視される。このような患者を対象とした研究は今日までごくわずかしか報告されていないが、その脳波パターンと不良な予後との関係は、低体温療法を行う前の心停止患者を対象とした研究で報告されている関係と類似している(Abend ら 2011)。

11-1

図11-1.鎮静剤(フェンタニル)および神経筋遮断薬(ベシル酸シサトラクリウム)の注入。患者は低体温治療の24 時間復温相にある。患者の体温は32.4°C であった。

 

11-2

図11-2.鎮静剤(ロラゼパム)のボーラスと神経筋遮断薬(ベシル酸シサトラクリウム)のボーラスを投与。患者は低体温療法の復温相初期にある。この脳波区分では完全な抑制パターンがみられるが、長時間観察すると、1~2 分ごとに活動のバーストがみられる。患者の体温は32.9℃であった。

 

11-3

図11-3.鎮静剤(フェンタニル)のみ。患者は完全に復温し、低体温療法における正常体温と考えられた。患者の体温は37.2°C。この脳波区分では、時に速波周波数が重なる徐波活動がみられる。

 

11-4

図11-4.鎮静剤または神経筋遮断薬の投与なし。患者は完全に復温し、低体温療法における正常体温と考えられた。 こ脳波区分では、脳波が完全に抑制され、複数のチャンネルに心電図アーチファクトが出現している。

 

11-5

図11-5.鎮静剤(ロラゼパム)および神経筋遮断薬(ベシル酸シサトラクリウム)のボーラス投与。 患者は低体温療法の復温相に入ったところである。患者はミオクローヌス痙攣を発現しており、ミオクローヌス状態が疑われる。潜在的発作を視認しやすくするため患者に神経筋遮断薬(ベシル酸シサトラクリウム)をボーラス投与した。患者の体温は32.9°C であった。

 

参考文献

Abend NS, Mani R, Tschuda TN, Chang T, Topjian AA, Donnelly M, LaFalce D, Krauss MC, Schmitt SE, Levine JM. EEG Monitoring during Therapeutic Hypothermia in Neonates, Children, and Adults. Am J Electroneurodiagnostic Technol 2011; 51:141—164.

Chamorro C, Borrallo JM, Romera MA, Silva JA, Balandín B. Anesthesia and Analgesia Protocol during Therapeutic Hypothermia after Cardiac Arrest: A Systematic Review. Anesth Analg 2010; 110:1328—1335.

Deckard ME, Ebright PR. Therapeutic Hypothermia after Cardiac Arrest: What, Why, Who and How. American Nurse Today 2011; July:23—28.

Heier T, Caldwell JE. Impact of Hypothermia on the Response to Neuromuscular Blocking Drugs. Anesthesiology 2006; 104:1070—1080.

Hirsch LJ, Kull LL. Continuous EEG Monitoring in the Intensive Care Unit. Am J Electroneurodiagnostic Technol 2004; 44:137—158.

Kawai M, Thapalia U, Verma A. Outcome from Therapeutic Hypothermia and EEG. J Clin Neurophysiology 2011; 28:483—488.

Peberdy MA, Callaway CW, Neumar RW, Grocadin RG, Zimmerman JL, Donnino M, Gabrielli A, Silvers SM, Zaritsky SL, Merchant R, Vanden Hoek TL, Kronick SL. Part 9: Post Cardiac Arrest Care: 2010 American Heart Association Guidelines for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care. Circulation 2010; 122(18 Suppl. 3):S768—786.

Vespa P. Continuous EEG Monitoring for the Detection of Seizures in Traumatic Brain Injury, Infarction and Intracerebral Hemorrhage: “To Detect and Protect.” J Clin Neurophysiol 2005; 22:99—106.